山好きオヤジの独り言

山の思い出や日々の事を書き留めています。

鳥取県西部地震から22年

本日はこれを書きたい


2000年(平成12年)の本日13時30分18秒


鳥取県の西部を震源として発生した鳥取県西部地震


マグニチュード7.3


最大震度6強


負傷者182人


全壊住宅   435棟、
半壊   3101棟
一部損壊  18544棟


被害総額 約566億円


鳥取県ではこの地震の2ヶ月前に


同様の地震を想定した防災訓練を実施しており、


地震発生から10分後には行政・消防当局が対策を実施しました。


当時の知事は後に総務大臣に就任した片山 義博氏


仮設住宅の建設に必要な3~400万


を住宅再建支援に当てることを


国の反対を押し切って決断し


全国で初めて、被災住宅再建支援300万円を制度化


市町が支援する100万円と合わせ


400万円の支援を受けて


多くの住宅再建が行われ


過疎地域が地震被害によって壊滅することを防ぎました


地震後、調査に入った建築関係者が


阪神淡路大震災に比べ住宅被害が軽いことに驚いていました


山陰には出雲大社等社寺仏閣の建築が多く


大工集団の建築技術が高いこと


昭和18年の鳥取地震を教訓に軸組を強固にしていること


積雪荷重を考慮して京阪神よりも


柱・梁の規格が一回り大きいこと


これらの事が重なり、震度6強でも全壊に至る住宅が少なかったようです。


自分は地震時、鳥取県西部総合事務所の4階で勤務していました。


大きな揺れに見舞われ


隣のキャビネットが倒れてくると身構えたのを覚えています


幸いなことに


その年の春、3段に重ねたキャビネを


金物で連結していました


そのため、キャビネは傾きましたが


倒れる事は無く、下敷きになって負傷することはありませんでした


他の課の職員で倒れたキャビネに当たったのか


頭から血を流している方も居ました


その後、山崩れ等の被害調査を担当割りして実施


震源地近くに行った職員から


ゴーっという地鳴りがしている


ここに居たくないとの電話もありました


災害は忘れた頃にやってくると言います


地震大国日本


家具の固定


防災セットの用意


出来る備えをしていただきたいと思います。


さて、本日は国際協力の日、役所改革の日等になっています。


国際協力の日


1954年の本日、日本が初めて国際協力の援助国として、国際組織「コロンボ・プラン」に加盟し、翌年から研修員の受入れや専門家の派遣などの技術協力を開始しました。


役所改革の日


1969年の本日、千葉県松戸市役所に「すぐやる課」が設置されました。


出来事です。


1868年、会津戦争、母成峠の戦い、圧倒的な軍事力の新政府軍が会津守備隊を蹴散らし、城下に殺到しました。


1889年、トーマス・エジソンが初の映画の実験を行いました。


1928年、蔣介石が中国国民政府の主席に就任しました。


1932年、赤色ギャング事件、共産党員3名が活動資金を得るためにピストルで武装して、日本で初めての銀行強盗事件を起こしました。


1973年、第四次中東戦争が勃発しました。


1976年、中国で江青ら四人組が逮捕され、文化大革命が終了しました。


1986年、ソ連の原子力潜水艦がバミューダ諸島沖の大西洋で核ミサイルの燃料爆発で沈没し、乗組員4人が死亡しました。


2004年、イラク調査団の、「イラク戦争開戦時、イラクに大量破壊兵器は存在しなかった」とする報告書が米議会に提出されました。


2018年、築地市場が卸売市場としての営業を終了しました。


本日は曇りの予報。


久しぶりに林業現場に行ってきます。


本日も元気に頑張りましょう!

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